トゥンタゴー郡

郡スローガン

ダートサーイガーム、ナムトックスアイ、ルアイポンラマい、ワイサデットナイグロム、チョムプラタート (美しいビーチ、綺麗な滝、豊かな果物、チュムポーン王子の表敬訪問、プラタートムジャリン見学)

郡役所の所在地

チュムポーン県トゥンタゴー郡トゥンタカイ区第1集落、公道41(チュムポーン・パッタルン)

電話番号

077 536-016

ファクス番号

077-536019
歴史

ナコーンシータマラート成立の証拠がありました。そこに衛星都市として十二星座町が建てられたことが書いてあります。十二星座町の一部はチュムポーンでした。チュムポーンは、第3番目町の一級であり、植民地の小さな町を7つ支配していました。それは、パテュー、ターセ、メリワン、グラ(現在はグラブリー郡)、ラノーン、ランスワン、タゴーでした。後でノッパクン(現在はサパーンノーイ郡)を進入しました。

それ以来、タゴー町は歴史的に存在し、アユタヤ王朝、トンブリー王朝、ラタナゴシン王朝の時代に首都から来た大隊が通った町である為、第4番目町の一級として配置されました。豚の年にエークソック・ローソー1137(仏歴2312年)トンブリー王よりプラヤ-ジャックグリーと軍隊がナコーンシータマラートと争いに行かせられたときに、軍隊がチュムポーンに到着したとき、チュムポーン町人のマン氏は、争いの応援する為、チュムポーンとタゴーの農民を集めて、義勇兵としてタゴーの「ドーンハットマー」という現在のワットタムターヲーン寺院の近くのところでクンタペット氏の監督の下で争いの訓練がありました。チャクリー王朝、巳年サパソック・ジョー.ソー.1147(仏歴2328年)にビルマ軍がラノーン、グラ、チュムポーン、タゴー、そしてシャイヤーを経て、タイへ向かってきたとき、チュラローク王は、弟のグロムプララーチャワンボーヲーンマハースラシンハーナートにチュムポーンにてタイ海軍を陸上するように指示を出しました。南部の植民地を守る為、タイ軍がタゴー、ランスワンを経てチャイイヤーで争いました。

タゴーはチュムポーンと供にビルマ軍に負けて、破壊されました。それ以来、この町は町の名前がなくなりました。残った証拠にタゴーを守り続けた最後の人は、「ムンラームラーチャラックサー」でした。仏歴2440年よりタゴーはスウィ-の属町として行政されてきましたが、仏歴2518年にチュムポーンの人民代表院、プラムアン・クンラマート氏はタムボンタゴー、タムボンパークタゴー、そしてタムボントゥンタゴーをトゥンタゴー小区域に変更する為に、内務省へ申請しました。そして、仏歴2519年9月6日に官報の特別版第93の106項にチュムポーン県サウィー郡の行政区を含め、仏歴2519年9月6日よりトゥンタゴー小区域成立に関することが公示されました。内務大臣のモム・ラーチャウォン・セーニー・プラーモートは仏暦2534年7月19日にタゴー軍として行政区を変更しました。

地理

トゥンタゴー郡はチュムポーン県の南地方におり、市内から49キロメートル離れています。所在地は、チュムポーン県トゥンタゴー郡トゥンタカイ小政区第1集落89番地です。公道の第47-48キロメートルの間にあります。合計面積291,785平方キロメートルで、次の領域があります。

チュムポーン県のサウィー郡

チュムポーン県のランスウン郡

タレーアウタイ郡

西

チュムポン県のサウィー郡